東京高等裁判所 昭和51年(ネ)1796号 判決 1978年1月25日
控訴人・附帯控訴人(原告)
新井英吉こと朴英吉
ほか一名
被控訴人・附帯控訴人(被告)
新興タクシー株式会社
主文
本件各控訴ならびに附帯控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。
被控訴人(附帯控訴人)は、控訴人(附帯被控訴人)朴英吉に対し金一四五、一九〇円、控訴人(附帯被控訴人)徐文大に対し金五、二一五、八七五円、および右各金員に対する昭和四七年一二月二五日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
控訴人(附帯被控訴人)らのその余の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じて、控訴人(附帯被控訴人)朴英吉と被控訴人(附帯控訴人)との間に生じたものについてはこれを三分し、その二を控訴人(附帯被控訴人)朴英吉の、その一を被控訴人(附帯控訴人)の各負担とし、控訴人(附帯被控訴人)徐文大と被控訴人(附帯控訴人)との間に生じたものはこれを五分し、その三を控訴人(附帯被控訴人)徐文大の、その二を被控訴人(附帯控訴人)の、各負担とする。
この判決の第二項は仮りに執行することができる。
事実
控訴人(附帯被控訴人、以下単に控訴人という。)ら代理人は、「原判決を次のとおり変更する。被控訴人(附帯控訴人、以下単に被控訴人という。)は、控訴人朴英吉に対し金一、八六三、八九三円、控訴人徐文大に対し金一七、三六七、三二二円および右各金員に対する昭和四七年一二月二五日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、附帯控訴につき附帯控訴を棄却するとの判決を求めた。
被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求め、附帯控訴として、「原判決中被控訴人敗訴の部分を取り消す。控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張ならびに証拠の関係は、次に付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する(ただし、原判決九枚目裏一行目に「第六号証の一ないし、」とあるのを「第六号証の一ないし三、」と、同五行目「その余の同号各証」とあるのを「その余の甲号各証」と、それぞれ改める。)。
(控訴人ら代理人の陳述)
一 控訴人朴は、本件事故による傷害のため、昭和四七年一二月二五日から同四八年一二月一三日まで通院治療し、その後、同四九年三月末日まで右傷害による後遺症により勤務先たる訴外永井商店を欠勤し、この間の得べかりし賃金が得られなかつた。
二 控訴人徐は、昭和三六年ころから土木工事関係の業務に従事し、同四七年七月四日から独立して土木工事請負業を営み、訴外有限会社市吉工務店の下請工事を行つていたものであるところ、同訴会会社は、主として東京都の水道工事、下水道工事等を請負い、安定した業績をあげていたものであるから、本件事故による負傷がなければ引きつづき同訴外会社の工事を請負つて従前以上の所得をあげ得たものである。
かりに、控訴人徐の本件事故前の土木工事請負業の営業期間が短かかつたためこれを損害算定の基準となし得ないとしても、同控訴人は、昭和九年六月一九日生れで高等学校卒業後前記のような業務に従事してきたのであるから、全国労働者のうち建設業に従事する管理、事務、技術労働者(男子)の平均賃金以上の所得を得ていたはずであるから、本件事故による休業損失もこれを下廻ることはない。
三 被控訴人主張の後記弁済の事実はすべて認める。
(被控訴代理人の陳述)
一 控訴人徐は、その収入について、予備的に全国建設業従事労働者の平均賃金によるべきことを主張しているが、事故当時現実に収入があつたものは、原則としてその金額を基準とすべきであるところ、同控訴人のように収入にかなり不確定的要素が多く、その営業収益の見込額について確実に測定することができず、しかも事故前六か月に転業し、それ以前は異なる営業によつて収益を得ている場合には、少なくとも過去五年位の年間収入や、その収入の推移、その他を総合して平均的収入を算出すべきであつて、直ちに統計による収入の推計をなすことは許されるべきではない。
二 被控訴人は、原判決の言渡後である昭和五二年六月一八日、控訴人朴に対する損害賠償として、原判決で認容された全額である金四八七、〇一六円(うち遅延損害金七〇、五三六円)、控訴人徐に対する損害賠償として、原判決で認容された全額である金一、四九八、九二三円(うち遅延損害金二二七、六二三円)を、それぞれ支払つた。
(証拠関係)〔略〕
理由
一 控訴人ら主張の請求原因事実中、控訴人ら主張の交通事故が発生したこと、被控訴人が加害車両を所有してこれを自己のため運行の用に供していたものであり、本件交通事故がその運行中に生じたものであることは当事者間に争いがない。
二 いずれも成立に争いのない甲第二号証の一、二、同第三号証の一ないし四、同第一二、第一三号証、乙第八号証の一、二、同第一〇号証の一によれば、右交通事故により、控訴人朴は外傷性頭頸部症候群、左第二、四中手骨骨折、左胸部、左肩打撲傷等の、控訴人徐は頭部さ頸部、左胸部、腰部、右下肢打撲、前額部挫創、頸部損傷、外傷性頸腕症候群等の、各傷害を受けた事実が認められ、この認定を左右する証拠はない。
してみれば、被控訴人は自賠法第三条により、本件事故によつて控訴人らの蒙つた損害を賠償する責任のあることが明らかである。
三 いずれも成立に争いのない甲第二号証の二、乙第八号証の一、二、原審における控訴人朴英吉本人尋問の結果から原本の存在ならびに成立の真正を認めうる甲第四ないし第六号証、当審における同本人尋問の結果から真正に成立したものと認める甲第一四ないし第一六号証、原審ならびに当審における同本人尋問の結果を総合すると、控訴人朴は、本件事故当時訴外永井商店に建材運搬ダンプカーの運転手として雇われ、一か月金一三〇、〇〇〇円の給料を得ていたが、本件事故による前記傷害のため、昭和四七年一二月二五日から翌四八年一二月一三日までの間訴外医療法人社団和光会川崎臨港病院に通算八一日通院加療し、次のような損害を蒙つた事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠ばない。
1 休業損失 金一、一四六、一五四円
右通院期間中、勤務先を欠勤し、得べかりし給与を得られなかつたが、病状が良好となつてからは、父の経営する焼肉店手伝いとして働らくことができるようになつていたので、本件事故後六か月間を完全休業とし、残余の期間については、前記一か月一三〇、〇〇〇円の給料の半額を休業による損失として算出した額
イ 一三〇、〇〇〇円×六月……七八〇、〇〇〇円
ロ 六五、〇〇〇円×五月一九日……三六六、一五四円(日額二、一六六円)
ハ イ+ロ 金一、一四六、一五四円
2 労働能力喪失による逸失利益 金一四五、〇三三円
本件事故発生後約一年経過した昭和四八年一二月一三日前記傷害による症状は固定したものと診断されたが、当時なお頸部に痛みを感じ、時には意識が薄れることもあり、一時間位自動車の運転を継続すると腰部、頸部に痛みを生じ、頭がふらつく等の症状が出現し、現在でも寒さの折には首が重く頭が痛み、無理な仕事をすると肩がこる等の状態になつて長時間運転に従事することが困難であるなど、精神機能に障害を残す後遺症があり、そのため事故前に比して五パーセント程度労働能力が減退し、その期間は症状固定後二年間として算出した金額
イ 一三〇、〇〇〇円×五パーセント×一二か月……年七八、〇〇〇円
ロ 七八、〇〇〇円×一、八五九四(二年間のライプニツツ係数)……一四五、〇三三円
3 通院費 金六、四八〇円
前記病院に通院のために要した往復バス代金一回八〇円の割合による八一回分で通算した金額
4 慰藉料 金三九〇、〇〇〇円
前記傷害による通院期間、受傷の部位、程度ならびに後遺症の症状、程度その他一切の事情を斟酌して算出した慰藉料額
5 治療費 金二四二、三二〇円
(右治療費を被控訴人が支払い、同額の損害が生じていた事実は当事者間に争いがない。)
6 合計 金一、九二九、九八七円
四 いずれも成立に争いのない甲第三号証の一ないし四、同第七号証、同第九号証の一、二、同第一二、第一三号証、乙第一〇号証の二および三、当審における控訴人徐文大本人尋問の結果からいずれも真正に成立したものと認める甲第二一ないし第三〇号証ならびに原審および当審における同控訴人本人尋問の結果を総合すると、控訴人徐は、昭和二八年三月京都市立西京高等学校商業科を卒業し、昭和三六年ころから父田中慎一の経営する田中土建において土木建築工事現場に勤め、同三九年ころからは工事現場責任者として人夫の指揮、工事の監督指導等に当り、その後も引きつづいて現場主任等として、訴外沢田組、同市川組等で同種の業務に従事していたが、昭和四七年七月四日以降は独立して土木請負業を営み、人夫一五人位を使用し訴外有限会社市吉工務店の下請として、本件事故による傷害を受けるまで土木工事に従事し、独立以降のほぼ半年間に三、二四四、四六八円の営業所得をあげていたが、右事故による前記傷害により、昭和四七年一二月二五日から翌四八年三月五日まで七一日間前記川崎臨港病院に入院し、その後翌四九年一〇月八日までの間に通算七〇日同病院に通院を余儀なくされ、右事業の継続が不能となり、次のような損害を蒙つた事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
1 休業損失 金五、八〇三、九八〇円
右入院および通院期間中、従前の営業を継続できず、その間二一か月一四日間全く収入を得られなかつたが、昭和五二年六月九日以降前記市吉工務店に労務および請負工事に関する現場監督として雇用され月給として金二五〇、〇〇〇円を得ていることからみても、右休業期間中においても、少なくとも、前記約半年間の営業所得金三、二四四、四六八円から算出される一か月金五四〇、七四四円の二分の一にあたる金二七〇、三七二円以上の月収をあげ得たはずであるからこれを基礎として右休業期間中の損失を算出した額
イ 三、二四四、三六八円÷六……金五四〇、七四四円(月平均額)
ロ 五四〇、七四四円÷1/2×二一月一四日……金五、八〇三、九八〇円(日額九、〇一二円として計算)
2 労働能力喪失による逸失利益 金一、二三六、九四二円
本件事故発生後約一年九か月経過した昭和四九年一〇月八日前記傷害による症状は固定したものと診断されたが、その後も頭痛、項頸部痛、肩部、腰部痛があり、また前腕にしびれを感じ、不眠、視力障害等の症状が残り、時にめまいを起し、疲れ易く、正座できない等の状態がつづき、労力を要する仕事には従事することが困難であり、現在も少し緊張すると肩がはつて頭痛がし、両手の指にしびれが残つているなど精神機能および両眼の調整機能に障害を残す後遺症があり、そのため事故前に比して一四パーセント程度労働能力が減退し、その期間は症状固定後三年間として算出した金額
イ 二七〇、三七二円×一四パーセント×一二月……年四五四、二二四円
ロ 四五四、二二四円×二、七二三二(三年間のライプニツツ係数)……一、二三六、九四二円
3 入院雑費 金二一、三〇〇円
前記病院入院期間七一日に少なくとも一日金三〇〇円の諸雑費を要するものとして算出した金額
4 慰藉料 金一、三二〇、〇〇〇円
前記傷害による入・通院期間、受傷の部位・程度ならびに後遺症の症状、程度その他一切の事情を斟酌して算出した慰藉料額
5 治療費 金一、四七三、五一六円
6 診断書料 金九、〇〇〇円
7 コルセツト代 金一〇、五〇〇円
(右5ないし7の費用を被控訴人が支払い、同額の損害が生じている事実は当事者間に争いがない)
8 合計 金九、八七五、二三八円
五 被控訴人は、本件事故発生につき、控訴人朴にも安全確認および徐行義務違反の過失があつたと主張するので判断するに、いずれも成立に争いのない乙第二ないし第五号証、同第六号証の一ないし三、同号証の四の一ないし五、原審における控訴人朴英吉、同徐文大各本人尋問の結果を総合すると、次の各事実を認めることができる。すなわち、
1 本件事故現場は、大島町五丁目方面から伊勢町方面に通ずる幅員八メートルの道路と、藤崎町一丁目方面から富士見町方面に通ずる幅員七メートルの道路とが、ほぼ直角に交差する交通整理の行われていない市街地の交差点で、いずれの道路からも左右の見とおしが悪く、速度は毎時四〇キロメートルと指定され、藤崎町一丁目から交差点に入る車両は一時停止の規制がなされてその標識が設置されている
2 控訴人朴は、被害車両である普通貨物自動車の助手席に控訴人徐を同乗させ、大島町五丁目方面から伊勢町方面に向けて右道路を進行中、本件事故現場である交差点に差しかかつたが、自車の速度を二〇ないし三〇キロメートル毎時に減速したのみで、殊更左右の安全を確めることなく同交差点を通過しようとして同交差点に進入した際、右方から加害車が進行してきて自車右側部に衝突した
3 加害車両の運転者である訴外幕田功は、普通乗用自動車(タクシー)を運転し、藤崎町一丁目方面から富士見町方面に向けて進行したが、同所付近の道路に不馴れであつたから、前方の交通標識等にも注意して指定速度で運転進行すべきであつたのに、深夜で交通量の少ないことに油断し、右指定速度をこえた毎時六〇キロメートルの高速度で本件事故現場にさしかかり、前方の一時停止標識にも気づかずにそのままの速度で右交差点に進入したため、左方から進入してきた被害車両と出会頭に衝突するに至つた
4 控訴人徐は、飲酒したうえ、控訴人朴の仕事振りを見るといつて同人運転の被害車両に同乗していた
以上の各事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
右認定事実によれば、本件事故発生につき、加害車両の運転者である右幕田に過失があつたことは明らかであるが、控訴人朴においても、明らかに道路の幅員が広いとはいえない道路から左右の見とおしの悪い交差点に進入するのであるから、徐行したうえ、左右の安全を確認して進行すべき義務があるのにこれを怠り、多少減速したのみで漫然右交差点に進入した過失があつたものというべきであり、結局本件事故は、右両名の過失によつて生じたものというべく、前認定の事情からみて、その負担すべき過失の割合は、加害車両八、被害車両二とするのが相当である。そして、控訴人徐の同乗経過は前示のとおりであるから、控訴人朴と同じ割合の過失を負担するものとみるのが相当であり、被控訴人の過失相殺の抗弁は理由がある。
六 そこで、控訴人両名の本件事故による前記損害について、右割合によつてそれぞれ過失相殺すると、被控訴人の負担すべき額は次のように算出される。
1 控訴人朴 金一、五四三、九九〇円
2 控訴人徐 金七、九〇〇、一九一円
ところで、控訴人らが本件訴訟を弁護士に委任して、その訴訟の遂行にあたらせていることは当裁判所に顕著な事実であり、事案の難易度、控訴人らに認容される損害額等の事情を考慮すれば、本件交通事故と相当因果関係あるものとして被控訴人らに負担させる弁護士費用は、次のとおり認めるのが相当である。
1 控訴人朴 金一五〇、〇〇〇円
2 控訴人徐 金六〇〇、〇〇〇円
したがつて、控訴人朴については前記損害額に右金額を加算した金一、六九三、九九〇円、控訴人徐については前記損害額に右金員を加算した金八、五〇〇、一九一円が、それぞれ本件事故による損害というべきところ、被控訴人が、控訴人朴に対しそのうち治療費、休業補償費、後遺症補償として金一、一三二、三二〇円および原判決で認容された賠償額元本金四一六、四八〇円(及び支払時までの遅延損害金)合計金一、五四八、八〇〇円を、控訴人徐に対し治療費・診断書料・コルセツト代・後遺症補償として金二、〇一三、〇一六円および原判決で認容された賠償額元本金一、二七一、三〇〇円(及び支払時までの遅延損害金)合計金三、二八四、三一六円を、それぞれ弁済した事実は当事者間に争いがないので、これを前記各損害額から控除すれば、控訴人らの請求し得る金額は次のとおり算出される。
1 控訴人朴 金一四五、一九〇円
2 控訴人徐 金五、二一五、八七五円
七 よつて、控訴人らの本訴請求は、右金員とこれに対する本件事故発生の日である昭和四七年一二月二五日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却すべく、控訴人らの本件控訴は一部理由があり、また被控訴人の本件附帯控訴も理由があることに帰するので、原判決を右の限度で変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 江尻美雄一 滝田薫 桜井敏雄)